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ネロラ公妃 アンナ・マリアが愛した香り

2018.03.23 TEXT by Kaoru Sasaki

ネロリはビターオレンジの花から採れる精油。ネロリの名が、17世紀イタリアのネロラ領主ドン・フラヴィオの妃アンナ・マリアに由来するのは、よく知られるエピソードです。 数多ある精油の中で唯一、実在した女性の名を冠したネロリ。当時のパリ社交界にそれほどの影響力を持ったネロラ公妃アンナ・マリアとは、一体どんな女性だったのでしょう。
彼女の面影とビターオレンジの花を追って、イタリアはネロラを起点に現在のネロリの主産地チュニジアを巡る旅に出ました。

ネロリが生まれたオルシニ城

ローマの郊外にあるネロラ村の中心、なだらかな山の頂きにネロラ城(オルシニ城)はあります。 中性の美しい石造りの姿を今にとどめるこの城は、アンナ・マリアとその夫ドン・フラヴィオ・オルシニ公の居城でした。
政治や戦争よりも科学研究に熱心だった公は城の周りに自生するビターオレンジの花から精油を抽出することに没頭し、その美しく高貴な香りを妻アンナ・マリアへの愛の贈り物としたと伝えられます。

  1. アンナ・マリアのものと伝えられる肖像画。
    1675年パリを遠く離れてこの山城に嫁いできた彼女の寂しさを、ネロリの香りが慰めたのでしょう。
  2. 城内にはオルシニ家の紋章が飾られています。
    ドン・フラヴィオとアンナ・マリアのそれぞれの紋章が掛けられた玉座のここにアンナ・マリアが座っていたのですね。
  3. あまりにも有名なアンナ・マリアの「ネロリの香水手袋」。
    柔らかく漂うネロリの香りがする、アンナ・マリアの手を競うように取り合った貴族たちの姿が目に浮かびます。
  4. アンナ・マリアも沐浴にネロリを用いたのでしょうか。彼女が通り過ぎたあとには、えもいわれぬ香気が漂っていたとか。
    ヨーロッパでは伝統的に花嫁の髪や新婚の床をオレンジの花で飾る習慣があるとききます。

上質のオリーブオイルを産むネロラの村

ネロラ城から臨むネロラ村。深い緑に包まれた村を見下ろしていると、人々のスローで豊かな生活が垣間見えるような気がします。
残念ながら、かつてここに群生していたビターオレンジの木は今はありません。代わって、オリーブの木がネロラ村の人々の暮らしに寄り添っています。 この村の美しい自然と上質のオリーブオイルを求めて、週末には人々が都市部からピクニックがてらやって来るのだとか。

  1. ネロラは、雑貨屋やバールなど数件の店があるだけの小さな村。
    目抜き通りからは、村を懐に抱くようにそびえるネロラ城が、天空の城のように見えます。
  2. ローマの七つの丘のひとつアヴェンティーノの丘にある「サヴェッロ公園」で出会ったビターオレンジの木。
  3. ビターオレンジの花のフレッシュで華やかな香り。
  4. アンナ・マリアに思いを馳せながら、日本の友人に宛てた手紙にネロリの香りを添えて。
    アンナ・マリアがもたらして、パリ社交界を熱狂させたネロリの香水。

ローマから飛行機で1時間、地中海対岸のチュニジアが現在のネロリの産地です。チュニジアは、古代ローマの穀倉庫と呼ばれたほど、豊かな農産国です。

チュニジアのオレンジ農園で花の収穫

  1. ビターオレンジの木は5メートルほどに育ちます。花の収穫は高いはしごに登って。
    太陽の熱で精油成分が失われないよう、花の収穫は午前中が勝負。人々は黙々と花摘みに精を出します。
    熟練した女たちの手は驚くほどの速さと確かさで、木の下に敷いた麻布の上にその日開いた花だけを摘み落としていきます。
    つぼみは残し、また明日の収穫を待ちます。
  2. 麻布の上に摘み落とされたビターオレンジの花。花を摘み終わると、葉や小枝など不要な物をひとつひとつ丁寧に取り除き、花はかごに集められます。
  3. かご一杯の摘みたてのビターオレンジの花。柔らかく優しい香りに包まれて幸せな気分に浸るひととき。
  4. チュニジアの人々の日常には、フラワーウォーターは欠かせません。手を清めるのも、渇いた喉を潤すのもフラワーウォーター。
    アロマ国・チュニジアならでは。

Neroli
[ネロリ] 学名:Citrus aurantium

ミカン科

もともと中国が原産地といわれるビターオレンジの木。
2000年前の中国では、すでにビターオレンジを含む柑橘類は様々な用途に利用されていたそう。
ビターオレンジの木がヨーロッパに伝えられたのは7世紀の頃。
中東から北アフリカを支配下に収めたサラセン帝国がスペイン半島を領土に組み込んだときにもたらされ、そこからやがてヨーロッパ全土へ。

ネロリ香水(精油)がパリ社交界に大流行すると、もともと革手袋の製造の中心だった南フランスのグラースでは、革手袋の匂いを消すための香水産業が盛んに。 この地域ではビターオレンジが盛んに栽培され、生産の中心もイタリアからフランスへ。
第二次世界大戦後は、栽培と生産の中心となったのが、当時フランスの保護領であったチュニジア。 肥沃な土壌と栽培に適した気候、安価な労働力を求めて、栽培農家や蒸留業者が次々と進出。

ビターオレンジは、花だけでなく、実、葉、枝からもさまざまな芳香成分が抽出される貴重な木。 花を蒸留することでネロリ精油が、葉と小枝からはプチグレン精油が、果実からはビターオレンジ精油が採れます。
ネロリ精油は水蒸気蒸留法によって抽出されますが、フラワーウォーターからは、さらに溶剤を使ってオレンジ花水アブソリュートと呼ばれる香料を抽出することも。
このように、花、葉、枝から抽出法によって異なる芳香成分を取り出せるほか、乾燥したつぼみや花びらはお茶に、熟れた果実と皮はママレードの原料に、 また、熟れていない果実の皮(クラーヌ)はリキュールを作るのに用いられます。

採れたてのネロリ精油を求めて

ビターオレンジの花の開花時期は4月中旬からの3週間ほど。
先のナブールの農園では、ワンシーズンで18t~25tの花が収穫されるとか。花は毎日新鮮なうちに蒸留所に運ばれ、軽く水分を飛ばすためにひと晩倉庫で大切に寝かされます。 広い倉庫の床一面に敷き詰められたビターオレンジの花の眺めは圧巻です。

  1. この蒸留所では、一度に800kgの花を蒸留する小型の蒸留器と、1000kgの花を蒸留できる大型の蒸留器と合わせて3台がフル稼動していました。
  2. 9世紀の終わり、グラ-スより持ち込まれたという、古い蒸留器が今も現役で活躍していました。
    素朴で、丸みのある温かいフォルム。一度の蒸留時間は2、3時間。
  3. 比重が違うため、水から浮き出して分離した精油成分は別の容器に溜まります。
    採油中は常に精油採取の現場責任者の厳しいチェックの目が光ります。1000kgの花を蒸留して採れた精油成分はほんのわずか。
  4. 採り出された精油成分は検査室に運ばれ、蒸留所のオーナー自らの手で品質のチェックが行われます。

アロマに満ちた幸福のキッチン

街路樹や家の庭先など、いたるところにビターオレンジの木が植えられているナブール市街。
ここに住むスラマさん一家を訪ね、アロマが暮らしに息づいたチュニジアならではのホームレシピやホームケアについてお話を伺ってきました。

  1. スラマさんのキッチン。スラマさんにとって、ここで過ごす時間がもっとも幸せなひとときだそう。
  2. ビターオレンジの花びらやフラワーウォーターを使った伝統的なスイーツ。粉状に砕いたヘーゼルナッツにフラワーウォーターを加え、よく混ぜてボール状に丸めて砂糖をまぶしたお菓子。
  3. 生のビターオレンジの花を使って作るお菓子。花びらをミキサーでペースト状にし、フラワーウォーターを加えてさらに乳鉢で練ります。蜂蜜を加えたあとにスプーンで形を整えて砂糖をまぶしたらできあがり。
  4. オリーブオイルに漬け込んだビターオレンジの花。

ナブールのハーブマーケットを訪ねて

マーケットを訪れた人々は持参したかごに花を入れてもらい、計量所でて代金を支払います。
フラワーウォーターをスーパーや薬局などで買い求めることもできます。
オレンジなどのフラワーウォーターを使ったチュニジアのお菓子。
チュニジアのカフェといえば、やはりフラワーウォーター入りトルココーヒー。

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