食後に、午後のティーブレイクに、就寝前にと、世界各国には伝統的に飲まれてきたお茶があります。
その土地に暮らす人たちの誰もがからだによいことを知っている、南アフリカの「ルイボスティー」もそんな日常のお茶、健康茶のひとつです。南アフリカ・ケープタウンから北へ約250km、セダルバーグ山脈の高原地帯にのみ生育するというルイボス。その姿を確かめたく、最果ての地を目指しました。
ルイボスティー物語
この物語は、セダ―バーグ山麓から始まります。珍しいフィンボス、Ceder(スギ)の保護区でもあるセダーバーグ野生保護区。その付近から、さらに100km北上するあたりまでが、地球上で唯一、ルイボスの生育に許された土地、ルイボスの自生地域であり、畑の集まる高原地帯です。
ルイボスティーはもともとこの地域の先住民であるブッシュマン(コイサン族)たちが、「不老長寿の飲み物」として愛飲していたもの。ルイボスとはアフリカーンスの言葉で「赤い低木」という意味です。食料の乏しいブッシュでは、空腹を満たす栄養補給源でもあったそうです。訪れた2月上旬、北半球でいえば真夏にあたる乾期のはじまり、あたりの植物は乾いた色のみを残す中、ルイボスだけが青々とその細い葉を輝かせていました。
Rooibos
[ルイボス]
学名 Asparathus linearis
英名 Redbush
マメ科・常緑性低木
夏(11~12月)にルイボスの花は満開になります。細い枝に明るい黄色の花が咲き、その小さな花にひとつずつ、小さな小さな種子がつきます。種まきは7月から8月、発芽には水を必要とするため、雨水をためて水を集めます。セダーバーグ山脈一帯は古代の海底が隆起したと言われる土地。地下には亜鉛やセレンなどの鉱脈が走ります。ルイボスの木は身の丈の3倍以上、深く根ざし、ミネラルを吸収して成長します。強酸性の土、日中の灼熱の紫外線、夜の厳寒。ルイボスは過酷な環境下に育ちます。
ルイボスの収穫
畑のある村の中心部から車で1時間ほどのところに、代々ルイボス農家を営むクースさんの畑があります。
ルイボスは種子をまいて2年目から約5年間収穫できるといいます。初冬、冷たい雨が大地を潤し、植物が成長するために充分な湿り気を与え、熱い夏を越えると収穫時期。
三日月形の(シッケル)を使い、1株ずつ手で刈り取ります。機械で刈り取る畑も多いようですが「自分は手にこだわる」と彼は言います。株には勢いがあり、たとえて言えばホウキ草のようです。収穫した枝はその場で束ねられ、加工場にトラックで運ばれます。この時点からすでに赤くなり始めます。
このあたりから北部の環境はケープタウンより苛酷で、乾燥も激しく、気温も40℃を越える日も少なくありません。適応して自生する植物には、アロエのような多肉植物やユニークなものが出現しています。
刈り取られたルイボスの枝は機械で細かくカットされ、水をかけて24時間発酵させます。巨大なスポンジケーキを作るように押し固め、
乾いたら崩し、葉をやさしく傷つけて再び発酵を進めます。この過程で葉の色は緑からその名の通りのマホガニーレッドに変わり、炎天下で丸1日乾燥させた後、袋詰めされます。発酵した葉の乾燥。専用の長い木の棒を使い、円を描くように薄く広げます。
ルイボスの研究者、ジャニン教授
ルイボスの効能を研究して15年、ルイボスティーは日常の健康茶と話されるジャニンさん。タンニンの含有量が低いため、安心して食品と共にたくさん摂ることが出来て、食品からの鉄分摂取を阻害しません。カフェインフリーで、子供にも安心と教えてくれました。一番おすすめの使い方は、ハーブティーとして飲むこと。その他、紅茶や緑茶、アップルジュースなどにブレンドしたり、スープなどにも良いそう。
煮出したお茶を冷蔵庫で冷やしてアイスティーにして、レモンとハチミツをいれると美味しく、そのアイスティーでシャーベットやアイスクリームも。数分間煎じて使いますが、電子レンジや長く煮すぎるのは避けるようにとのこと。
ルイボスの風味は柑橘やフルーツ、スパイス、ミルクやジンジャーとも合います。飽きることなく飲み続けられ、楽しみながら、おいしく健康になれるお茶であることがジャニン教授の話からもよくわかりました。
ルイボスで楽しむお茶の時間
1899年開業、歴史と格式を備えたケープタウンを代表する5つ星ホテル、マウント・ネルソン・ホテル。ピンク色の外壁から「ピンクレディー」の愛称で親しまれます。こちらではアフタヌーンティーコースのお茶の選択肢のひとつとして、ルイボスメニューがあります。町中のカフェをのぞけば、ここにも必ずルイボスティーがあります。スーパーマーケットはもちろん、ちょっとしたドライブハウスのようなところにもルイボスティーの箱が並びます。
ルイボスの故郷、ケープタウン
ケープタウンの象徴といえば、テーブルマウンテン。標高1087m、山頂がナイフで切ったように平らなため、その名がつきます。東南の風が吹くと、白い雲が山頂を覆い山肌に沿ってたなびき、その姿はテーブルクロスに例えられます。ケープタウンの人々は、その霧や雲の具合で風や天気を予測し、山は「ケープドクター」としても親しまれます。街のどこにいても眺めることができ、雄大ながらもとても身近な存在で、旅人の私もすっかりとりこになりました。
希望の岬、喜望峰
地球儀をなぞると、最後にたどりつく岬、それが喜望峰です。西は大西洋、東はインド洋に囲まれ、ふたつの大洋を分岐する喜望峰は、古来、多くの旅人の野心をかき立てて来ました。
この付近は強風が吹くことが多く、遭難船の多い難所だったため、15世紀、この岬を最初に発見したバルトロメウ・ディアスは「嵐の岬」と名付けたそうです。しかし、ポルトガル王はその可能性に胸を膨らませ、ポルトガルに希望を与えるという意味で「Cape of Good Hope」と命名しました。後、ヴァスコ・ダ・ガマがここを経由してインド航路を開拓するなど、大いなる希望の光を見たのでしょう。
手つかずの自然に、9000種の植物の驚宴
ケープ半島南部は広大な自然保護区として管理され、大小多くの野生動物、野鳥が生息します。イルカ、オットセイなどの海洋動物、季節にはクジラもやって来ます。そして、一面に広がる野生植物。この付近を含む一帯55万3000haは「ケープ植物保護区地域群」として世界自然遺産に登録されます。アフリカ大陸の0.5%ほどの面積にアフリカ全体の20%近い植物が見られるといい、さらに野生では地球上の他の場所では見られない固有種が多数存在し、多様性、植生の密度の濃さは世界でも類を見ないと言います。
国立公園のゲートを入ると、トレッキングコースにもなる草原が広がり、そこにフィンボス(finebush)とよばれる植物群が、重なりあうように密生します。固有種だけで1100種。代表的なフィンボスにはプロテア類、エリカ(ヒース)類などがあり、ペラルゴニウム、フリージア、デイジー、ユリ、アイリスなど、おなじみの園芸植物の原種がここから誕生しました。
植物の楽園、神々の贈りもの
南アフリカには、『神々の庭』と呼ばれる驚愕の花畑が出現すると聞きます。
喜望峰に向かう道すがら、チャップマンズ・ピークの展望台に立った時、どこからか漂うハーブの香り。見回せば、あたりはシルバーリーフの植物がところ狭しとひしめき合っています。花畑の季節ではありませんでしたが、植物の楽園を楽しむには十分でした。一面の花畑の様子も私の中に浮かんで来ましたが、花だけでなく葉の緑や銀色、枯れ葉色が奏でるハーモニーもそれはそれは美しいものでした。
わが愛しのケープタウン
ケープタウンは南アフリカ共和国発祥の地であり、「マザー・シティ」と呼ばれます。天然の良港であり、長い航海のための水や食料の 供給地として栄えてきました。17世紀、オランダ人が東インド会社の中継基地をここに建設以来、ヨーロッパからの入植者が増加し、発展してきました。山裾から海に向かって街が広がり、年間を通じて温暖な気候、豊かな自然、コロニアルな建造物、モダンな街並みが調和し、優雅で美しい都市が作りだされています。エリザベス王朝時代の探検家フランシス・ドレイク卿は「地球上で限りなく美しい港町」と称えたといいます。
虹色の国の風景
南アフリカの国花はキングプロテア。ヤマモガシ科の常緑性低木。プロテア属は100種以上あり、原産がこの南アフリカです。「プロテア」という名はギリシャ神話のプロテウス神に由来し、意のままに姿を変えることのできる海の神です。プロテアが種類豊富で、大きさ、色、共に多種多様なことからこの名がつきます。つまり、国花までもが南アフリカの多様性を象徴しているのです。ルイボスの故郷を訪ね、五感でそれを実感できたことが、この旅の収穫です。人と植物、そして地球とのつながりを愛しく感じました。