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世界のパートナーファーム Herb Travel 佐々木 薫ハーブ紀行

オーストラリア アボリジニの聖地に息づく 神秘のハーブたち

2018.03.02 TEXT by Kaoru Sasaki

オーストラリアの先住民アボリジニたちは、自分たちをとりまく自然と調和しながら、4000年以上もの間、オーストラリア大陸を平和に移動して暮らしてきました。 木の実を採取したり狩猟をしながら、病気になったりケガをした時、森や湖、ブッシュの中から、自分たちの薬となる植物や鉱物を見つけ出しました。
そんなオーストラリアには語り継がれたハーブが数多くあります。中でもアロマテラピーで重要な2つのハーブが、ティートゥリーとサンダルウッド。 長い歴史に裏付けられながらも、今あらたに科学的検証が始まり、温故知新の研究が進んでいます。

ティートゥリーの聖地バンガワルバン谷 「紅茶色の不思議な湖」

先住民アボリジニにはプリンセス・エレマニのティートゥリー伝説があります。
「『癒しの地の谷』を意味するバンガワルバン谷に住むバンジャラン族のプリンセス・エレマニ。彼女は、離れ離れになった恋人を訪ねるため、ニューサウスウェールズ州海岸沿いの森に旅に出ました。しかしそれは未知の長旅。旅の無事を大地と植物の神に祈りました。
すると、神様は彼女に特別の種を与えてくれました。その種を持ち森へ入ると、鳥たちに導かれ、種をまきながら進むと、水分豊富で肥沃な森の土に落ちた種は、根をはり太陽に向かい伸び、育った木の樹皮は白く美しい紙のようで、森の中でひときわ目立ちました。 夜になると月光を受けて輝き、来た道を照らし、神様が森の旅を守ってくれていることを感じました。」

このようにして植えられた木は、何千年もの間、バンジャラング族の神聖な守り神の木とされてきました。この木こそ、後に「ティートゥリー」と呼ばれる木です。やがてバンジャラング族の人々は、この木の葉を薬草として利用するようになりました。

「ニアウリ(M.quiquenervia)」が根元を水につけた状態で自生し、
そのエキスが水中に溶けだし、紅茶色に。
手を入れてみると少しぬるりとしたやさしい感触で、ほんのり木の香りが。

オーストラリア東海岸、ゴールドコーストから少し南下した「バンガワルバン谷」と呼ばれる湿地帯は、ティートゥリーの原生地。ここに生育するティートゥリーが最も上質とされます。 その谷にあるエインズワース湖。湖から伸びる木々は、水面に鏡のように映し出され、夕陽に黄金色に輝く姿は、たとえようのない美しさです。近づくと水は紅茶色。地元では「ティートゥリー湖」の名で親しまれます。

ヤニック氏インタビュー ~マジカルラグーン~

バンガワルバン谷でティートゥリー精油の生産に関わり、アボリジニの伝説に詳しいヤニック氏。
「この地域には湖や湧き水がたまってできた小さな池がたくさんあり、そこは『Magical Lagoon』と呼ばれる癒しのスポットになっています。ラグーンのまわりにはティートゥリーの木が好んで生育し、そのエキスが水に溶け込んでいます。先住民たちはこの水に不思議な力があることを知っていて、ラグーンで水浴びや出産をしたり、ティートゥリーの葉でお茶を飲んだり、採取狩猟民族だった先住民たちの長旅を癒す場でもありました。湖畔にたたずんでいると、静けさに包まれ、現在でもとても静謐な気持ちになります。」

天地創造の時代「ドリームタイム」の記憶を神聖な歌や踊り、語りや儀式、ペインティングで継承してきたアボリジニ達。ティートゥリーの伝説も同様にして彼らの中で語り継がれ、その全貌は彼らだけに守られていると言います。

ティートゥリー農場へ

畑に現れたのはエミュー。
彼らは体を枝葉にこすりつけ、羽虫をとるそう。
湿地帯にある農場のあちこちには自然にできたラグーンと 地下水などを集めた人工の貯水池がいくつもあります。
貯水池は暑い夏の時期の水源としても利用されています。
この農場のMother Treeとなった樹齢60年の野生ティートゥリーの木

高品質のティートゥリーが自生するバンガワルバン谷の沼沢地には、その適性を活かし、ティートゥリーのプランテーション(大規模農園)もあります。そこは自然保護地区であり、バードサンクチュアリ、動物たちの聖地です。人や環境をも潤しながら、ティートゥリー精油の生産が行われています。

Tea tree
[ティートゥリー] 学名:Melareuca alternifolia

フトモモ科 常緑性小高木

ティートゥリーはユーカリと同じフトモモ科に属し、一般に「ティートゥリー」という通称は、 メラレウカ属(ニアウリ、カユプテなど)全般をさしてつかわれることも多いようです。 メラレウカ(Melareuca)とは、ギリシャ語のMela(黒い)とleukos(白い)の合成語で、樹皮が白と黒っぽい茶、 もしくは枝が黒っぽく見えることなどに由来すると言います。変種は300種程度あるとも言われます。
Alternifolia = alternus(互性する)+folia(葉)の学名通り、細い葉が互い違いにつきます。別名ペーパーバーク・トゥリー。 樹皮は何層か重なり、紙のようにぺらぺらと剥がれます。
アボリジニの伝統薬だったティートゥリーは、探検家キャプテン・クックのオーストラリア上陸によってヨーロッパに紹介され、注目されます。 ティートゥリーについて科学的研究されたのがペン・フォールド博士です。 彼は、ティートゥリーがもつ成分、「フェノール」について研究し、ニューサウスウェールズ州王立協会で発表し、 ティートゥリーは世界中に広まっていきました。
今では、ティートゥリー精油の品質の一貫性を保つために、オーストラリアでは規格が定められ、 テルピネン- 4 -オールの含有量は30%以上、1,8 - シネオールは15%以下とされています。

ジョン氏にお話を伺いました。

「ここはティートゥリーのMotherTree の森、ティートゥリーの木が自生するエリアです。」
ジョン氏は調査を重ね、このエリアで最も高品質の精油が採れる木を見つけ、その種から苗を作り、プランテーションを作りました。 農場のあちこちに点在するラグーンには、今なお、野生ティートゥリーが生育します。 自然の状態でも最大で8m程度、畑では1~1.2m程で収穫します。
「もともと沼地を好むティートゥリーは、春たくさんの雨が降り夏高温になるこの地の気候が、より成長を促進します。」

ティートゥリーの精油の製造

農場から運ばれたティートゥリーは、蒸留所で大きなタンクいっぱいに詰めて蒸留器に運ばれ、終わるとタンクごと運び出される、といった合理的な大規模蒸留法です。 畑には畝が作られ、整然と植えられた木をトラクターで収穫していきます。刈り取りと同時に細かくカットされ、少し後方から走るトラックが枝葉を受け取ります。 巨大な車が2台、畑の中を行ったり来たりしながら収穫する大規模農法です。収穫した葉は蒸留所に運ばれ、1~2日放置し、蒸留されます。 蒸留時間は1時間15~30分。時間が短いと必要な成分が十分に抽出されず、長すぎると香りが悪くなります。 最も効率よくよい成分が採れる時間が、ここではこの時間だそう。

サンダルウッドの聖地・西オーストラリア

ウェーブロックで有名な西オーストラリアの赤い大地には、サンダルウッド(白檀)の木が自生します。 サンダルウッドもアボリジニにとってとても大切な木のひとつ。木を火にくべて燃やし、 立ち上る香りと煙りを、浄化やリラクセーションに用いて来ました。
サンダルウッドといえばインド産のSantalumalubum がその代表ですが、木材は家具や仏像に、 精油は香や香料として伝統的に使われるといった世界的な需要から、乱伐や盗伐が進み、 現在はインド政府の管理のもと、厳重な収穫の規制があります。
そこで新たに注目されているのが、オーストラリア産サンダルウッド。 学名はSantalum spicatum。西オーストラリアの地域には野生の木もまだ存在しますが、 プランテーションの研究が積極的に行われ、さらにはオーストラリア政府による伐採の規制もしかれ、持続可能な生産が目指されています。 主産地であるインドと、海を隔てたオーストラリアに同じ植物が存在することを、 多くの人は不思議に思うかもしれませんが、約2億5千年前の地表は、1つの超大陸と超大洋だけだったという説があります。 従って同じ植物があっても不思議ではなく、同じ土地に生まれたサンダルウッドが大陸の分裂でばらばらになり、 それぞれの環境に適応し、今日に至ると考えられています。

オーストラリアン・サンダルウッドの蒸留

サンダルウッドを細かく裁断したもの。
工場を案内してくださったのは、マイク氏。
細く突き出している管が冷却槽です。
水と分離して浮き上がる精油は、
目で見ても重厚感があります。

サンダルウッド精油の製造は、いちばん外側の外皮を剥ぎ、木の中心部が細かく粉砕され、水蒸気蒸留が行われます。 ハンターが収穫した野生のもの、プランテーションで収穫したもの、共に外皮を剥いだ状態で蒸留所に運ばれ、先ず、チップ状にカットされます。 サンダルウッド精油には重い成分が多く、蒸留は約8日間に及びます。蒸留を開始して約24時間後、一番軽い成分が採れ始めます。

Australian Sandalwood
[オーストラリアン・サンダルウッド] 学名:Santalum spicatum

ビャクダン科 半寄生常緑性小高木

Santalum spicatumは西オーストラリアに生育するいくつかのサンダルウッドの中の1品種で、 オーストラリアン・サンダルウッドとして知られます。 オーストラリア南西部の、年間降雨量500ml 以下の半砂漠地帯に分布し、 必要に応じてホストとなる木から栄養素を吸収する半寄生植物です。 樹高は3~6メートル。直径3cm程度の丸い実をつけます。 外皮は専用の機械を使って剥がされ、つるんとした辺材が現れ、外側の白部分が辺材、中心部の茶色いところが心材にあたります。
オーストラリアン・サンダルウッドの場合、収穫される木が比較的細く、心材と辺材の区分けが難しいため、 精油を採る際もそのまま粉砕し、蒸留されることがほとんどのようです。

魔性の木、サンダルウッド

サンダルウッドは寄生植物(parasite)。ヤドリギなどとは異なり根に寄生するため、 地面を掘り起こさないと、寄生植物には見えません。種から発芽して約1年間は自立して生活しますが、やがて寄生する木を探し、寄生根を伸ばしてホストプランツ(宿主植物)の根にとりつきます。 サンダルウッドのように、葉緑素を持ち、自分自身も光合成をして栄養素を作りつつ寄生するものを、「半寄生植物」と言います。
サンダルウッドは生長に応じて次々とホストプランツを変え、寄生された植物は枯死してしまう場合も多くあります。 根を張りながら新しいホストを探すさまを想像すると、なんとも動物的です。 従ってサンダルウッドが生長するには、周囲に複数の木が生育している必要があります。 サンダルウッドにとって最も理想的なホストは、マメ科のアカシアだそうです。

  1. 根:
    サンダルウッドは根を地中深く伸ばすことができず、だからこそ他の植物に寄生しないと生きていけないのですが、その根にも芳香があります。精油は根からも採油されるため、収穫は根こそぎ引き抜かれることになります。
  2. 寄生吸盤:
    虫の卵のような根の先端にある吸盤です。宿主の根からこれで水と栄養分を吸い取ります。細い方がサンダルウッドの根。
  3. サンダルウッドナッツ:
    固い殻を割ると、中に直径約15mmほどの種が入っています。 この種には豊富に栄養素が含まれ、小動物の餌となり、圧搾して植物油が採れます。
  4. インド産の木部:
    Santalum album の木部。外側の白い辺材が極めて少なく、心材部分がとても多い。芳香成分が高いのはこの心材です。album種の場合は木も真っすぐで分けやすいため、芳香成分の高い心材と辺材を分け、心材は精油や仏像、仏具などの高級品に使われ、辺材はインセンスなどの原料となります。

オーストラリアン・サンダルウッドのプランテーション

サンダルウッド生産の研究者であり、自らもプランテーションを経営するDr. ジェフ氏にプランテーションと収穫規制について伺いました。
「栽培のポイントは3つ。①適した土壌をつくる。②よいホストプランツを与える。③よい親木を見つける。 サンダルウッドは比較的気候に左右されず、湿った土地から半砂漠まで、どんな環境にも適応すると思います。」

精油を採るためには、最低でも15 ~20 年の成木を用意しなければなりません。その為には毎年種を撒き、15 年後からやっと収穫が始まるという、プランテーションは極めて長期的な仕事です。この期間を短くするにはどうしたらよいか、それが彼の研究の対象です。 サンダルウッドのプランテーションは、経済的な効果だけでなく、砂漠の緑化にも役立っているとも教えてくれました。

オーストラリア政府野生サンダルウッド収穫規制

「オーストラリアに白人が入植してきた初期の頃は、野生サンダルウッドの輸出は大きな産業でした。 奥地から港まで運んだ道は、サンダルウッド・ロードと呼ばれていました。」

西オーストラリアの野生サンダルウッドの伐採は100 年以上も前から行われてきましたが、 インド同様、ここでも西オーストラリア州政府による伐採の厳しい規制があります。 対象は州内の公地、私有地に生育するすべての野生オーストラリアン・サンダルウッドとその果実です。

  1. 伐採、収集、販売はライセンス保持者のみ。
  2. 毎年の全伐採量の指定。
  3. 2に基づき、ライセンスごとに伐採量と伐採エリアの指定。
  4. 伐採は円周40cm以上の木に限り、うち10%は残さねばならない。
  5. 伐採した木に実がついている場合は、最低20%または50個の実を木の下に残す。さらに、伐採した後は、宿主の周りに12個の実をまく。

プランテーションの研究と野生種の保護により、オーストラリアン・サンダルウッドのサスティナブルな生産が目指されています。 そしてそれは、先住民の教えにもある、自然との共生であり、私たちの環境と私たち自身を守ることにもつながるのです。

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